2019年01月08日

やっと開催された自民えひめ県連改革会議。

もう1昨年になるのだが、私が自民党愛媛県連の幹事長を務めさせていただいていたのだが、慣例になっている議会の議長候補の選出にあたり、県連として過去に混乱・騒動もあった経験則から、30年も前から申し合わせで1年交代、当選回数と生年月日で年長者を選ぶのが一定の不文律のように守られ混乱なく運営されてきた(もちろん議会の代表者は議員全体で選び、本来は4年任期なのだが、人材も多いので円満な運営を考慮して、総意のもと愛媛では1年交代で申し合わせがある)のだが、党運営の最高決議機関である常任総務会で予定候補の決定を諮っている途中で、赤松議長から昨日会派届が提出されて受理していると、事前協議も報告もない話を持ち出し、会派分裂が起こった。その後も党としては常任総務会で内定候補を決定したのであるが、議会の本会議では多数派工作の結果、正副議長ともに自民党での内定候補が選ばれないという結果が今も続いている。
この混乱と先輩が苦労して築いてくれた円満な議会運営の為にとの不文律で、内定した候補を正式な職務に就かせることができなかったことの責任をとって私は、決められていた幹事長の職を辞しました。自身の政治信念として、仲間と共に地域や国の安定発展に取り組む政策集団「自民党」に所属することで、有権者から期待される課題解決にとりくめるのは、何より同志の仲間があってのことであり、その力を発揮できる基は、共助の精神や、組織の枠を遵守することは良識ある組織人として当然の努めだろう。この混乱収束を願い一般の党員は厳しく見つめ、早く正常化をとの多くの意見をいただいている。その声は議員個人の都合で党を混乱させるな!ということであり、分裂し複数の会派を認めることは党の活動の足を引っ張り合いすることであり、1党1会派であるべきとの声だ。
私は、昨年その党員の声も受け、党紀委員長として分裂の発起者・その後も党活動に協力評価できない議員の処分について、幹事長から審議を求められ党紀委員会を開き、やむなく3名を除名と委員会の総意で決定、その時の付帯事項として県議会での混乱回避の方策として1党1会派も提言していたものである。その後県連大会でもその提言を、幹事長も県連会長も重く受け止め「県連改革会議」を立ち上げ検討するとのことであったのだが、西日本豪雨被害対策など重要な対応案件などもあり、日程が取れず延び延びになっていたが、いよいよ春の党一地方選挙に臨むにあたってもこのことが議員の基本姿勢として問われることとして、1月7日やっと開催された。次の選挙でも議員活動を目指す議員は自民党として活動するなら当然同じ会派でと表明して臨んでほしい。これは私の見解です。同志の絆や節度がなくして組織は成り立たない。
posted by 明比昭治 at 10:08| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする