2019年09月05日

先祖祀り第436回忌。

豊臣秀吉の四国侵攻の命を受けた「小早川隆景の軍勢」が、天正13年わが郷土に攻め入り、迎え撃つ郷土の伊予の高峠城主「石川備中の守通清」の家臣・豪族などがことごとく討ち死にした。この「天正の陣」の戦いで、家臣として戦い没した「明比善兵衛家茂」を我が明比一族の家祖として、祠を建て祀り、子孫一族が旧歴の8月6日を命日としてこれまで祀ってきている。
昨日は436回の祀りを、「伊曽乃神社」宮司を祭主として一族の老若男女の約60人余が集い催行した。地元に居住するもので開催世話役を4班に分けてしているのだが、今年は私の地域の番となり、私が中心で準備をさせていただいた。九州に住む人、北海道に住む人などもこれまでも参加されているのだが、今回は水曜日ということ、高齢ともなったことなどから遠来の方の参加はなかったが、お供え物を送っていただくなど気にもかけていただいている。これらの方にも「明比神社御守」札を送らせていただき、神棚に祀っていただいている。
こうして今自分が在るのも親からいただいた命をつなぎ、更にはその親と、先祖代々で命がつながれてきているのだ。やっぱりこの命の尊さは自分勝手のものではない、大切なものなのだ。私たち一族が特に歴史をつないでいるのでも何でもない。少子化などいろいろな事情で、同性が繋げないで、途切れることは多々あり、これからもそうだろう。一族としての継続は別として、誰しも親があり、その親があり脈々と繋がってきた今の自分があるのだ。その命の尊さをかみしめたり、家族の有難さを実感する機会としての祀りであった。
(余談:天正13年は1585年であり、暦ですれば434年だが、昭和58年に1年繰り上げて400年記念祭を再興したので、その後暦より2年多くなって実施案内している)
posted by 明比昭治 at 18:19| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする